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自身の力を信じて歩むと決めた道|バレーボール選手・山内 美咲

2018年10月13日

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Dream Achievement INTERVIEW
夢実現インタビュー
vol.24 「バレーボール選手」 山内 美咲

中学生から始めたバレーボール。
プロの世界に入っても変わらないのは、
技術を磨き続け、バレーを楽しむこと。

いつも支えてくれるチームメイト、
これまで携わってくれたすべての人への感謝の気持ちをベースに挑み続ける。

interview

現在、V・プレミアリーグの実業団・NECレッドロケッツに所属し、バレーボール選手として活躍している山内美咲さん。中学生のときに出会ったバレーボールに魅了されたのをきっかけに、これまで幾度も日本代表選手として国際大会で活躍し、アスリートとしての人生を一歩ずつ力強く歩んでいる。『存在感があり、チームに安心を与えられる選手へと成長したい』と話す眼差しは頼もしく、彼女を通してバレーボールの新たな魅力も感じたインタビュー。過去、現在、そして未来。バレーボールと真摯に向き合い続ける彼女に迫った。

指導熱心な監督のもと着実に成長
バレーボールの楽しさを知った中学時代

― バレーボールを学んだスタート地点
バレーボールを始めたのは、中学生からです。私だけではなく初心者が多いチームでしたが、とにかく監督が熱心に指導してくれました。学校の数学の先生で口数が多い方ではなかったけど、とても真面目で、毎日練習に来てバレーボールを一から教えてくれました。監督の粘り強い指導のおかげで、バレーボールの楽しさや、うまくなりたいと思う向上心も自然と身に付き、徐々に実績を残せるようになりました。個人として成長できたのは、監督だけではなく、練習を通して濃い時間を一緒に過ごしたチームメイトのおかげでもあります。監督やチームメイトに支えられていたときの思い出が糧となりバレーボールを続けられたと思っているので、とても感謝しています。

アジアジュニア選手権などに選出され
肌で感じたトップレベルの世界

― 県内強豪チームで上を目指す
中学校を卒業したあとは、県内のバレーボール強豪校、西原高校に入学しました。「好きなバレーボールを続けたい、もっとうまくなって技術を磨きたい、強くなりたい」という一心でした。糸満から西原への通学も大変でしたが、家族の支えもあって送迎してもらい、勉強と部活を両立させました。西原高校はトップチームだったこともあり、県外の高校と試合する機会も多くありました。すると、さらにバレーボールの世界が広がるんですよね。同世代の人と戦うことで、チームが勝つために必要な技術や戦術を学ぶことができ、とても刺激になったんです。燃えました。もっともっとうまくなりたいと思い、練習にも力が入りました。
― 世界の舞台で積んだ貴重な経験
高校時代、私を成長させてくれた場所がもう一つありました。日本代表メンバーとして選抜され、同世代のトップレベルの選手と戦った国際大会です。2年に1度開催される「アジアジュニアバレーボール選手権」では銅メダルを獲得し、同大会上位4チームが出場資格を得る「世界ジュニア選手権」では準優勝も経験しました。世界レベルのチームが集まっているだけあって、身体能力の違いや各国によって違うプレースタイルを肌で感じたり、間近で見られたのも、強くなりたいと思うモチベーションを高める一つの要因になりました。

バレーボールを通じて見えてきた
高校時代の将来の夢

― 経験を積み見えたのはプロ選手とは別の夢
国際大会などの場で経験を積むことで芽生え始めたのは、バレーボールの指導者になることでした。理由の一つは、中学校や高校で熱心に指導してくれた監督にとても感謝をしていて、憧れていたから。もう一つは、私と同じようにバレーボールが好きで、純粋にバレーボールがうまくなりたいと思っている子どもたちに、恵まれた指導環境を作りたいと思ったからです。沖縄は、県外に行くにも移動時間や費用がかかり、大会や遠征時、少なからず不利な状況にあり、負担も大きいのが現状です。陸つながりだと週末に練習試合がたくさんできます。チームは揉まれるし、チーム同士だけではなく、チームメイト同志でも切磋琢磨できてレベルも上げていける。実際、最初はプレーのレベルが変わらなくても、次の合宿などで会うと伸びている人もいたし、チームとしても力をつけているところもありました。沖縄は個人としても、チームとしても、レベルアップするための環境が充分ではないんですよね。そこで頭に浮かんだのが、「自分自身が力をつけることで、少しでもレベルの高いバレーボールを指導し、いろんなチャンスを与えられる指導者になりたい」という夢でした。
― 東海大学の監督との出会い
指導者を目指し考えたのは、バレーボールの強い大学で、なおかつ体育の教員免許が取れる大学への進学でした。そんななか、いくつかいただいた大学へのスポーツ推薦の中から私が選択したのは、東海大学体育学部への進学でした。東海大学を選んだ決め手となったのは、バレーボールを続けながら、体育の教員免許が取得できるから。そして、もう一つの決め手となったのは、東海大学の監督が直接、西原高校まで来てくれて、大学やバレーボール部の話をしてくれたからでした。東海大学バレーボール部は『自主性を重んじ、仲間と協力をして、学生が中心となってチームを作り上げている』という言葉に惹かれました。この監督の言葉を聞いて、「東海大学ならば人間性も養えるし、野性的だと言われていた自分のプレースタイルも伸ばせる。ここなら成長できる、様々なチャレンジができる!」と、好きなバレーボールを続けられる喜びをとても感じたのを覚えています。

大学でも代表メンバー入り。
さらに海外の舞台で場数を踏み成長

― 日本代表に選抜され多くの刺激を受ける
大学入学後も、世界ジュニア女子選手権大会(U-20)や国際大学スポーツ連盟が主催する世界大会ユニバーシアード、アジアU-23バレーボール選手権などの国際大会に出場しました。招集メンバーは毎回変わります。監督の意向に沿ったメンバーが大会ごとに招集され、年に2、3回、多くて4回ぐらい国際大会に出場するチャンスがあります。私は、ブルガリアやチェコ、台湾、中国、タイなど、様々な国での国際大会を経験しました。アジアでは、中国がバレーボール強豪国です。また、タイも強いです。例えば、タイはチーム内の信頼関係が大切で、構成されるまでに時間がかかるとされるコンビバレーを得意としています。そのため、毎回ほぼ同じメンバーが招集されていて、横繋がりが強いのが特徴です。コンビネーションが素晴らしく攻撃のバリエーションが多彩で速いのですが、これらの世界のトップチームの試合も実際に経験し、間近でレベルの高いバレーボールを見てきました。国際大会に選抜され、刺激をより多く受けていたからこそ、自分自身の技術面で底上げしなければいけないところ、明確に伸ばしていきたいところもはっきりしていました。自分の役割や磨くべき技術などがはっきりしていたため、日頃からモチベーションも保てていたかと思います。

ついに実業団入りを決意!
自身の力を信じて歩むと決めた道

― 高校時代の恩師の心遣いを知り、バレーボール選手になろうと決心
大学に入りバレーボールに打ち込む中で実業団に入ろうと思い始めたのは、高校時代の恩師である監督の心遣いを知ってからでした。ある日、実業団の方とお話していると、高校3年生のときオファーをくださっていたことを知ったんです。かなり驚きました。当時、進路に関する話は監督のもとに届き、その後、私に知らせてくれていました。指導者になるため大学進学すると決めていた私の意志を汲み取り、監督は大学推薦以外の実業団からのオファーは断ってくれていたんです。理由はそれだけではなく、バレーボール選手になるにしても大学へと進み、レベルの高い選手が集まるチームで技術に磨きをかけることが重要だと分かっていたんでしょうね。恩師の心遣いを知り、実業団でプレーすることを意識するようになりました。そして、「大学で人間的にも成長して、もっと経験を積み、バレーの技術をレベルアップさせよう。自分のプレーが、V・プレミアリーグでどこまで通用するのかを試してみたい」と思うようになりました。

NECレッドロケッツに入団!
チームの一員として戦う責任の重さ

― かつて合宿をした場所が自身の本拠地に
まったく緊張しなかったといえば嘘になりますが、NECレッドロケッツへの入団にあたり、変な緊張感はありませんでした。大学の先輩もいたので不安もなかったし、大学のときNECレッドロケッツが使用している体育館で合宿したこともあって所属選手とコートが隣同士で練習をすることもあり、練習風景も見ていたので、チームの雰囲気もなんとなく分かっていました。気構えせずバレーボールに打ち込め、学生時代と変わらずうまくなりたい一心でプレーし、チームに馴染んでいったと思います。
― 強者が集う世界で戦う覚悟
入団した直後は、周りについていくことや自分のことだけで精一杯でした。しかし、1シーズンを終えたいま、レギュラーとして最前線で戦ってきた経験を力に変え、チームをひっぱる一員として貢献したいと思うようになりました。どんなときも、チャンスは“今”しかないと思います。だからこそ、チャンスをモノにするために練習をするし、重ねた練習の数が自信にもなる。自信がなければ、自信のある相手には勝てない世界です。
― 学生と実業団の世界の違い
実業団に入っても変わらないのは、うまくなりたい一心でバレーボールを続けていることです。好きなことを続けているので、常に楽しむ気持ちを忘れず、バレーボールという競技と向き合っています。しかし、リーグで戦うということは結果がすべて。学生の頃のように甘くはありません。部活動は人間育成の面が強く、本業は勉学。何かと学校や保護者に守られているかと思います。でも、現在はバレーボールを仕事とし、お給料をもらってプレーをしています。一試合に懸ける想いやチャレンジするレベルが違います。常に結果が求められ、責任が伴い逃げ道がないんですよね。だからこそ、一日も無駄にできない。プレーに対する意識も変わっていきました。
― 実業団入り2年目で直面した自身のプレーに必要な部分
試合を重ねるなかで強化しなければいけない、と感じたのはサーブレシーブの安定です。連携プレーであり、安定したサーブレシーブができれば、チームの得点にも繋がっていきます。相手から狙われるポジションだからこそ、仲間につなぐ返球率を高めていく必要があります。全日本を目指すなかでも、一番キーになるプレーなので、練習をして技術に磨きをかけたいです。
― NECレッドロケッツの一員として
NECレッドロケッツは、一人の選手が点を稼ぐようなチームではなく、チームプレーで得点を重ねていくのが特徴です。プレーヤーの信頼関係が強く、結束できているところが魅力で、誇れるチームですね。一昨年、優勝を経験したんですが、昨年の2017-18シーズンは、8チーム中5位という結果でした。優勝したときのメンバー・中心選手の勇退などがあり、23、24歳の選手が中心の若いチームへと変わったいま、入団して2年で中堅の位置でプレーすることになった私は、チームの一員としての責任をさらに感じるようになりました。チームが強くなるためには自分の成長は必須で、選手としてどのようにレベルアップできるかが、今後とても大事になるとひしひしと感じています。監督は変わらず、チームスタイルも変わらない。でも、メンバーが変わると一人ひとりのプレーをどのように活かすか、チーム全体のバランスをどのようになるか、フレッシュでエネルギーあるプレーをどれだけ持続させ、勝ちへと繫げられるかなど、考えさせられることが多くありました。チームとして隙があり、甘さ、未熟さ故に順位を下げてしまった。練習のときからお互いに厳しく、つきつめて取り組んでいますが、来シーズンはもっと一人ひとりが自信をつけ、苦しい場面でも踏ん張れる力を身につけて結果へと結びつけたいと思っています。

▲山内さんをインタビューするのは2回目。西原高校在学時、同時期に日本代表となった川上麻莉亜さんと一緒に登場したときの懐かしの一枚

所属チームの優勝とともに掲げる
バレーボール選手としての大きな夢

― 目指せ! リーグ優勝
チームとしては、もちろんリーグ優勝がしたいです。私個人としては、「チームから絶対的な信頼感を集められる存在になり、プレーしているときに安心感を与えられる選手になりたい」と思っています。そして、チームに貢献したい。バレーボールはつなぐ競技です。一人じゃ絶対できません。思いやりの気持ちを込めて託せば、2本目のトスも思いやりのトスになり、3本目へとつなぐ想いがボールに乗っかって、点数へと結びついていきます。もちろん技術も大切ですが、試合中の勝敗は気持ちの面でのつながりも重要になってきます。自分の一つひとつのプレーへの評価より、チームとしての連携などを評価された方がうれしい。次のプレーヤーにつなげたいと思う気持ち、決めてもらいたいと思う気持ちをチームで共有し、仲間でプレーできる喜び、勝ったときの喜びをたくさん感じたいです。そして、観戦してくれるお客さんにも、得点へと結びつくまでの選手間のつながり、過程を感じてもらい、楽しんでいただきたいと思います。
― 2年後に開催される東京オリンピック出場を目標に
チームとして強くなり、リーグ優勝を果たすことも重要な夢ですが、個人としては全日本入りをして、2020年に開催される東京オリンピックに出場することも目標として掲げています。2年後にあるオリンピックのために選手人生を懸け、パスやディフェンス面もこなす、攻守の要として役割を果たしたいと思っています。人を活かしつつ、自分も積極的にプレーに絡み、周りをコントロールできるような、攻守で活躍できる選手になりたいです。

挑戦することに意味がある!
自分の可能性を信じて踏み出して!

― 沖縄の高校生へのメッセージ
自分の可能性を信じてあげてください。そして、可能性に賭けてみてほしいです。悩む前に自分にできることを思い出しみてください。夢があるなら、思い切って踏み出してみた方がいいと思います。失敗したとしても、挑戦することに意味があります。自分はできない、ダメだと思わないでほしい。自分の可能性を信じて踏み出してください!

Profile
山内 美咲/バレーボール選手
Misaki Yamauchi

1995年糸満市生まれ、西原高校卒業。東海大学体育学部競技スポーツ学科に進学後、日本代表としてアジアU-23バレーボール選手権など、数々の代表戦に出場。卒業後は、V・プレミアリーグの実業団・NECレッドロケッツに入団し、バレーボール選手として活躍。デビューを果たしてから、2018年4月で2年目のシーズンを迎えた。実業団入りしたあとも、日本代表としてユニバーシアードに招集されるなど、国内に留まらず世界を舞台に華々しい活躍をみせている。

information

山内美咲さんが所属するNECレッドロケッツでは、オフィシャルファンクラブ会員募集中! 会員証発行、公式戦チケット優待販売、会員限定イベントへの参加、メールマガジンの発行などの会員特典があります。入会して、山内美咲選選手を応援しよう!
●入会金 500円
●年会費 1000円
※詳細は公式HPを要チェック!
※会員期間は、毎年7月1日から、
翌年6月30日まで。

▼NECレッドロケッツ公式ホームページ
http://www.necsports.net