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どんな道でも希望を捨てなければ目標に近づける|琉球キングス 山内選手インタビュー

2016年10月05日

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Catch the Dream INTERVIEW
山内 盛久(琉球ゴールデンキングス)

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沖縄出身のプロバスケットボールプレイヤーとして注目を集める山内盛久選手。国内屈指の強豪チーム「琉球ゴールデンキングス」に所属し、9月に開幕したBリーグでの活躍も期待されている。己の肉体と向き合い、技術を磨き続ける彼の、現在にいたるまでの葛藤や決断とは。

interview

日本のプロフェッショナルバスケットボールリーグで、過去4度の優勝を誇る琉球ゴールデンキングス。173cmと小柄ながら持ち前のスピードを生かし、チームの勝利に貢献する山内選手がプロになるまでの道のりとはどういったものだったのだろう。

バスケットボールが楽しかった
夢中になって遊んだ毎日

山内選手がバスケットボールを始めたのは小学校1年生の時。すでにバスケットボールをやっていた姉や兄の影響だったという。
「兄と姉の姿を見ていて、僕も自然とはじめた感じです。小学校時代のチームは、僕みたいな初心者が入っても同年代や近い年代と一緒に練習ができたので、すごく楽しいという印象がありました。体育の延長線上のような感じで、1年生だとリングも届くか届かないくらいなので、ルールも関係なくリングにボールを入れる遊びのような事を毎日夢中になってやっていました。それはすごく楽しかったですね」。保護者が監督を務める温かなチームの雰囲気のなか“楽しむバスケットボール”ができた事が今考えると良かったと話す。

目からウロコの華麗な技
憧れのプレイヤーに出会う

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ポイントガードやシューティングガードとして活躍する山内選手。リング近くでは身長で苦労するので、自分が有利になる外に外にと流れを持っていく努力をしている

当時からスポーツ選手になることを夢みていたのか聞いてみた。「当時はバスケをするのが単純に楽しくて、プロになろうとかは考えていなかったんですけど、小学4年生の時にプロバスケットボールリーグNBAの試合をテレビで見て、その試合に出ていたジェイソン・キッド選手の技に凄いショックを受けたんです。パスする方向を見ずにパスをするノールックパスって言う華麗な技を見て、この選手みたいになりたい、プロのバスケット選手になりたいと思いはじめたんです」。山内選手のポジションはジェイソン・キッド選手と同じポイントガード。当時キッド選手が着ていた背番号と同じ「32」を付けている。なんと誕生日も同じということで不思議な縁を感じる。
ジェイソン・キッド選手に出会ってから、山内選手は中学校でもバスケットボールに熱中する。そして迎えた高校受験。進学先に選んだのは興南高校だった。
「最初は家から近い北中城高校を受験するつもりだったんですが、高校の先生が興南の受験をすすめてくれました。もともと兄がバスケが強いという理由で興南高校に進学してたんです」。いざバスケットボール部に入部してみると、中学で全国優勝したメンバーも多く、スポーツ特待生が半数以上いるハイレベルなチームだった。そこで県内トップレベルの高校バスケットボールに触れることになる。新人大会優勝、インターハイベスト8など、全国大会に出場するたびに、バスケットボールの強い大学に進学してプレイがしたいという思いが強くなったという。

進学に立ちはだかる壁
希望と現実の間で

2016_夢インタ_D721463_SL「全国でベスト8までいったら、いろんな大学から誘いがくるんです。周りの同級生も4、5人くらい関東や九州の大学に進みました。自分も関東の大学から誘いはあったんですけど、私立高校に3年間通わせてもらったので、できれば特待生制度のある大学に進学して、学費を抑えたいと考えていました」。ところが、誘ってくれた大学には残念なことにスポーツ特待生制度自体がなかった。
「その大学に行きたい気持ちはあって、親に相談したらお金のことは気にするなって。でも自分の中で3年間学費を出してもらった感謝の気持ちがあるので、高校生ながらそこはちょっと強気で、『いや興味ない』って言って(笑)、結局断りました」。大学進学を断り、これからどうしようかと進路で悩んでいるときに、尚学院国際ビジネスアカデミーから、スポーツ推薦枠で来て欲しいという話が訪れる。授業料もほぼ全額免除の誘いだった。経済的に負担をかけた両親に早く恩返しがしたいと考えていた山内選手。卒業後の就職のことも考えて専門学校への進学を決める。

自分の将来について考えた
就職するという選択

2016_夢インタ_DSC_3572打ち込んできたバスケットボール以外で将来の道を考えた時、英語を使う仕事をしたいと思った山内選手。「進路に選んだ専門学校には基地内就職を目指すコースがあって、英語を使った仕事が目指せるところに魅力を感じました」と話す。
専門学校では資格取得の勉強などに加え、派遣実習生としてさまざまな職業を実際に体験することができる。山内選手も1年生の後期から基地内で実習を行うことになった。
「基地内ではバーテンダーや芝生の草刈り、キャッシャーなどの仕事があって、その日ごとに必要な場所に行って仕事を体験するという感じでした」。初めて触れる実社会で責任をもって働くという経験。バスケットボールに打ち込んでいた高校生の時には深く考えることのなかった自分の将来や職業について、より真剣に向き合う機会になったと話す。さまざまな場所で実習を続けるうちに、仕事を選ぶ基準とは何なのか、“自分がやりたい仕事”とは何なのかを考えるようになった。
「まずはどういった仕事に興味があるのか考えました。そうしたら自分は以前から洋服が好きで、店を持ってオリジナルの服を作ったり、海外に買い付けに行ったりするような仕事に憧れがあったんです。アパレルのノウハウにも興味がありましたので、卒業後の就職先としてアパレルの会社を色々探しました」。山内選手は自分で積極的に県内のアパレル会社を探して面接を受け、9月には採用の内定を貰うことに成功した。通学していた専門学校では、卒業見込みがあれば2年生の後期から採用予定の企業に早期出社という形をとることができる。山内選手も10月から卒業までの半年間、事前研修という形でアパレル会社へ出社することになった。
アパレル会社で最初に配属されたのは店舗スタッフ。接客や店内のディスプレイ設置など、スタッフとして作業に追われる忙しい日々が待っていた。「その時はバスケットのことを全然考えずに、どう稼いでいくかしか考えていなかったです」と話す。この時期、以前のようにバスケットボールに専念することはできなかったが、多忙な仕事の間をぬって週2回クラブチームの練習にも参加していた。学生時代と比べると練習量も少なく、すべてをバスケットボールに費やすことができない毎日だったが、仕事とバスケットボールのふたつを続けるうちに、だんだんと一度は諦めたバスケットボールへの熱い思いが頭をもたげて来る。

自分が本当にやりたいこと
悩みの中で自問自答する日々

「バスケットから離れた生活をしていても、どこかに『バスケットを真剣にやりたい』『プロを目指したい』という気持ちがあったんだと思います。自分が進むべき道に迷っていた頃は自分が本当にしたいのはこれなのかなとずっと考えて、悶々として毎日を過ごしていました」。自分が本当に楽しいと思えるものは何だろうと、もう一度考え直して出てきた答えはやはりバスケットボールだった。
「一番楽しかったのがバスケットをしているときだったので、それならこれを職業にしようとまた原点に戻ったんです。親は僕が内定を貰って仕事をしていることをすごく喜んでいたのでそれを蹴って、なれるか分からないプロの道を目指すのは、親不孝じゃないのかなって悩みました。親に相談して、頭を下げて、一度きりの人生なので自分の好きなことをやり通してみたいと。また迷惑を掛けるかもしれないですけど、バスケットを納得いくまでやらせてくださいと言いました。これでダメだったらバスケットを諦めようと思ってました。延々と中途半端にはできないので、ここで見切りをつけようと思って」。アパレル会社には正式採用になる前の3月で退職。親は「まだ若いから好きなことをしなさい、ただやるなら中途半端にはやるな」と励ましてくれた。

たどり着いた夢を叶えるために

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ゴールデンキングスが創設されたのは高校二年生のころ。県内にプロチームができたことが大きなステップとなった。人の縁もあってプロになれた今、家族やチームメイトをはじめ関わってくれた多くの人への感謝を忘れない

プロを目指すと決めた時に、当時参加していたクラブチームに、キングスの現ヘッドコーチの伊佐監督がよく遊びに来ていたのも運が良かった。「キングスに入団したいんですが、どうしたらいいですかって聞きました。そうしたら練習生という制度があるとのことで」。丁度季節はシーズンも終盤にさしかかった大事な時期。オフシーズンに入る7月にまずは練習生候補として試してみるという許可がおりた。
待望の練習生候補になれて、プロチームの練習に参加するようになった山内選手。「初日で死にました(笑)。 オフシーズンなので、イチからトレーニングでした。朝一時間ウエイトトレーニングをして、そのあとにトラックに移動してそのまま走りこみ、お昼を挟んで練習。練習もドリブルなどの基礎練習をやりました。次の日の朝は首しか動かなかったです(笑)。全身筋肉痛の中次の日も練習に行って、当時75キロあった体重が、3日間で69キロまで落ちました。7月までの4ヶ月間遊んでいたことをすごく後悔しました」と笑う。
練習生になれてもその間給与が出るわけではない。そのため練習が終わってから居酒屋でアルバイトをした。遅いときは夜中の3時まで仕事をし、翌日早朝から練習という生活が続いた。練習生から正式なメンバーになれたのは一年後のこと、常にささえてくれる家族やキングスのメンバーが力になったと語る。
曲がりくねった道ではあったが、結果的に大学へ行った同級生より少し早くプロの道を歩むことになった。さまざまな経験を積み、回り道をしたことでバスケットボールへの揺るがぬ思いが引き出された結果だろう。

どんな道でも希望を捨てなければ
目標に近づけることを知って欲しい

バスケットボールをはじめた頃は、自分の好きなことを夢中でしているだけだったが、キングスに入ってからは周りの環境にも目が向くようになったという。交流イベントである「バスケットボールクリニック」では小学生や中学生と触れ合う機会も多くなり、色々なことを考えるようになった。
「沖縄の子って、経済的なことで大学進学を諦め、それがきっかけで自分の夢を辞める子も多いので、少しでも希望になればなと。自分のように、県外の大学に行かなくでも、専門学校でもプロスポーツ選手になって活動できるんだとコートの中で証明したいって思います」。沖縄出身のプレイヤーとして、山内選手が活躍することを自分の事のように喜んでくれる人たちがいる。「シュートひとつで喜んでくれるので、それを自分の喜びとして、今に満足せずにもっとスキルアップしていきたいです。そしてたくさんの人にバスケットの素晴らしさをどんどんアピールしていきたいなと思っています」。

進路に迷ったときに
考えて欲しいこと

自分が何が好きか、何がやりたいかを自問自答することで、進むべき大学であったり会社がみえてくると語る山内選手。自分自身が進路で悩んだ経験を持つだけに、そのアドバイスには説得力がある。「周りに流されず、学校の名前や成績だけで進学先を決めるのではなく、自分が何をやりたいのかを真剣に考えることが将来に繋がると思います」とエールを送ってくれた。

profile
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●琉球ゴールデンキングス
山内 盛久 Morihisa Yamauchi
1990年沖縄県生まれ。興南高校卒業後、尚学院国際ビジネスアカデミーに進学。2010年琉球ゴールデンキングスに入団。背番号32。173cm、68kg。ポジションはガード。

B.LEAGUE ホーム戦開幕
キングスの新たな歴史が刻まれる
B.LEAGUEホーム戦を見逃すな!

日本のバスケットボールが大きく変わるB.LEAGUE元年の2016-2017シーズン。9月22日、23日のキングス VS アルバルク東京との記念すべき開幕戦を皮切りに、各地でスタート。ホーム(沖縄)では下記日程でB.LEAGUEが開催!キングスの歴史的瞬間を見逃すな!!

vs 名古屋ダイヤモンドドルフィンズ
●日付:10月22日(土)、10月23日(日)
●会場:沖縄市体育館
vs 大阪エヴェッサ
●日付:11月5日(土)、11月6日(日)
●会場:宜野湾市立体育館
vs 京都ハンナリーズ
●日付:11月23日(水)
●会場:沖縄市体育館
vs 栃木ブレックス
●日付:12月10日(土)、12月11日(日)
●会場:沖縄市体育館
vs 秋田ノーザンハピネッツ
●日付:12月24日(土)、12月25日(日)
●会場:沖縄市体育館

【チケットの購入・お問い合わせ】
沖縄バスケットボール株式会社
TEL:098-897-7331
https://goldenkings.jp/